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歌のおにいさん オリジナルサウンドトラック

trick2.jpg辻 陽(つじ よう、1962年12月26日 - )は日本の作曲家、編曲家。東京都新宿出身。所属事務所 ロデオドライヴ。

人物 [編集]
幼少より日本現代音楽協会会員作曲家・中山義徳のピアノを師事。ピアノに留まらず広範囲に音楽を学び、東京芸術大学音楽学部楽理科卒業後、秋元康主宰「SOLD OUT」で作・編曲家として活動。オノ・ヨーコ主演「Homeless」サントラなどの作品を発表する。JASRAC正会員。


主な作品 [編集]

テレビドラマ [編集]
そのうち結婚する君へ(1994年、日本テレビ)
ブラック・ジャック 1-3(2000-2002年、TBS)
トリックシリーズ(2000-2005年、テレビ朝日)
仮面ライダー龍騎 - EDテーマ「果てなき希望」(2002年、テレビ朝日)
四谷くんと大塚くん/天才少年探偵登場の巻(2004年、TBS)
着信アリ(2005年、テレビ朝日)
富豪刑事(2005年、テレビ朝日)
富豪刑事デラックス(2006年、テレビ朝日)
4姉妹探偵団(2008年、テレビ朝日)
歌のおにいさん(2009年、テレビ朝日)
ダンディ・ダディ?〜恋愛小説家・伊崎龍之介〜(2009年、テレビ朝日)

テレビアニメ [編集]
OH!MYコンブ(1991年、TBS)
まぼろしまぼちゃん(1992年、フジテレビ)
ツヨシしっかりしなさい(1993年、フジテレビ)
あずきちゃん(1995年、NHK教育)
破邪巨星Gダンガイオー - OPテーマ「FightingChance」、EDテーマ「君のために愛を」(2001年、テレビ朝日)
ロックマンエグゼ - OPテーマ「ロックマンのテーマ 〜風を突き抜けて〜」(2002年、テレビ東京)
かみちゃまかりん(2007年、テレビ東京)

テレビ番組 [編集]
音楽ファンタジー ゆめ(1994年、NHK教育)

映画 [編集]
Homeless(1991年)
オオカミが出てきた日(1992年)
薄れゆく記憶のなかで(1992年)
ナマタマゴ(2002年)
トリック劇場版(2002年)
トリック劇場版2(2006年)
ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY - 挿入歌「道」(2002年)
ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY(2004年)

CM [編集]
JRA 競馬博物館 サークルビジョン - 「風の蹄音」(1993年)     
JA お米ギャラリー - 「黄金色のギャラリー」(1994年)      
セガ 東京ジョイポリス - 「ビバ・パレード」(1996年)      
ハウス食品 - 「うまいっしょ」「たべごろ」

ゲーム音楽 [編集]
プレイステーション「いただきストリート ゴージャスキング」 - OPテーマ曲(1998年)

その他 [編集]
チェッカーズ 「NOT CHECKERS」(1988年)
高岡早紀 「早紀・イン・ザ・ボックス -Saki in the Box-」(1991年)

外部リンク [編集]
所属事務所公式サイト
本人公式サイト
[アーティスト名] 辻陽
[タイトル] 歌のおにいさん オリジナルサウンドトラック
[CD番号] COCP-35678
[発売日] 2009-07-22
1 歌のおにいさんのテーマ
2 ヤバ過ぎて言葉が見つからない
3 みんなでうたお!パピプペポン(子供合唱 ver.)
4 歌う世界は鬼ばかり
5 着ぐるみはつらいよ
6 曇りのち、快晴(Sentimental Version)
7 王子 de Rock
8 情景
9 矢野家は大騒ぎ
10 健太のAndante
11 追想のGiselle
12 歌のおにいさんのテーマ(ピアノ版)
13 Let's exercise!
14 Heartache
15 曇りのち、快晴(Latin Version)
16 Rave over
17 健太のAdagio
18 みんなでうたお!パピプペポン(カラオケ)
19 情景(ピアノ版)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100101110101

地球バラード

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オムニバス(英:omnibus)は、映画、演劇、ドラマ、文学、DVD・レコードなどの分野において、短い数編の独立した作品(主に短編)または楽曲を集め、ひとつにまとめて一作品としたものである。

元々の意味はラテン語で、乗合馬車や乗合自動車のこと、また、そこに沢山の人々が乗るという意味があり、英語のバス(bus)の語源にもなった(オムニバス (曖昧さ回避)を参照)。

そこから発展し、種々の芸術分野で「独立したいくつかのものを一つにまとめた」作品形態を指すようになった。「オムニバス映画」、「オムニバスドラマ」、「オムニバスCD」、のように呼ばれる。

オムニバスに含まれる各作品は、それぞれ独立してはいるが、まとめられる際にはある種のテーマやコンセプトに沿って集められる。あるいは、映画・ドラマなどの場合は、それぞれ最初からオムニバス作品のひとつとして制作されることがほとんどである。

オムニバスCDの場合、アーティスト名はV.A. (Various Artist<-s>) などと表記される。

代表的なオムニバス作品 [編集]

テレビドラマ [編集]
ウルトラQ
ウルトラQ dark fantasy
大人は判ってくれない
怪談新耳袋
奇妙な出来事
恐怖劇場アンバランス
クリープショー (1982年)
現代に甦った闇の死置人 あなたの怨み晴らします
恋する日曜日
こいまち
ココだけの話
佐藤四姉妹
週刊 赤川次郎
翼の折れた天使たち
トワイライト・ゾーン
ほんとにあった怖い話
世にも奇妙な物語
らぶ・ちゃっと
悪いこと
If もしも
24時間あたためますか?〜疾風怒涛コンビニ伝〜

映画 [編集]
二十歳の恋 (1962年)
ボッカチオ'70 (1962年)
パリところどころ (1965年)
世にも怪奇な物語 (1967年)
華やかな魔女たち (1967年)
実相寺昭雄監督作品ウルトラマン (1979年)
トワイライトゾーン/超次元の体験 (1983年)
バカヤロー! (1988年)
夢 (1990年)
ナイト・オン・ザ・プラネット (1991年)
欽ちゃんのシネマジャック (1993年)
ゲンセンカン主人 (1993年)
フォー・ルームス (1995年)
大脳分裂 (1999年)
世にも奇妙な物語 映画の特別編 (2000年)
10ミニッツ・オールダー (2002年)
11'9''01/セプテンバー11 (2002年)
黄昏流星群 (2002年)
愛の神、エロス (2004年)
ZOO (2005年)
探偵事務所5 (2005年)
乱歩地獄 (2005年)
893239 (2006年)
ユメ十夜 (2007年)
Genius Party<ジーニアス・パーティ> (2007年)
それでも生きる子供たちへ(2007年)

漫画 [編集]
アポロの歌
王ドロボウJING
化石島
学校怪談
空気の底
人間交差点
へなちょこ大作戦Z
BOYS BE
SALAD DAYS
メゾン・ド・ペンギン
初恋限定。

アニメ [編集]
アニメ週刊DX!みいファぷー
モノノ怪
まんが日本昔ばなし
ブラック・ジャック2時間スペシャル~命をめぐる4つの奇跡~
ショートDEアニメ魂

音楽 [編集]
 コンピレーション・アルバムの項を参照のこと

ゲーム [編集]
学校であった怖い話
ドラゴンクエストIV 導かれし者たち
ライブ・ア・ライブ
ゲームボーイギャラリーシリーズ
スーパーマリオコレクション
タイトーメモリーズ
セガエイジス2500シリーズ
NINTENDOパズルコレクション
星のカービィ_スーパーデラックス
※Category:オムニバスのゲームも参照。

関連用語 [編集]
オムニバスタウン
コンピレーション
[アーティスト名] オムニバス
[タイトル] 地球バラード
[CD番号] COCP-35565
[発売日] 2009-05-20
1 JAM
2 悲しみの果て
3 世界を止めて
4 ストレンジ カメレオン
5 息子
6 大丈夫
7 やわらかな日
8 ZOO
9 素晴らしきこの世界
10 VENUS
11 ルシアン・ヒルの上で
12 天使達の歌
13 満月の夕
14 ドロップ
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100101101011

DO THE REGGAE!

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Home Grown(ホーム・グロウン)は、日本のレゲエ・バンド。バンド名はジャマイカ人ギタリスト、アール・チナ・スミスによる同名の楽曲に由来。1990年初頭に神奈川県で結成されて以来、数多くのレゲエ・アーティストのライブやレコーディングに参加。他アーティストへの楽曲提供やプロデュースも手掛けている。2002年7月17日、アルバム『Home Grown』をポニーキャニオンよりリリースしメジャー・デビュー。

メンバー [編集]
Tanco<ベース>
Yukky<ドラム>
I-Watch<ギター>
Mama-R<キーボード>
Shinji Man<パーカッション>
Kon”MPC”Ken<MPC>(2008年に脱退)

ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
Beach Walk feat.Takafin from Mighty Jam Rock(2005年7月20日)
Give Thanks-Japan Reggae Festa in Okinawa 2006 Anthem- feat.Pushim,Moomin,RYO the SKYWALKER,Turner,U-DOU&PLATY(2006年3月2日)

アルバム [編集]
Home Grown(2002年7月17日)
Grown Up(2003年7月16日)
High Grade Works(2003年9月18日)ワーク集
Time Is Reggae(2004年8月4日)
Clone of Grown(2005年8月24日)
Respect to the riddim(2006年7月19日)
Extra High Grade Works(2006年8月23日)ワーク集

参加作品 [編集]
MOOMIN「Straight Ahead」(2001年12月5日)
2.楽しむために(Home Grown Remix)
麻波25「REMIX BOX+ONE」(2003年2月5日)
2.SONS OF THE SUN(Home Grown Mix)
a.mia「あなただけを」(2003年8月27日)
2.情熱の果実 featuring Lady Q
LADY Q「御苑ルネッサンス」(2003年12月5日)
11.情熱の果実 Home Grown Mix(feat. a.mia)
トリビュート・アルバム「Hey ANIKI!」(2004年4月28日)
4.とんぼ(LISA feat.Home Grown)
KREVA「新人クレバ」(2004年11月3日)
14.Baby Dancer Home Grown Remix(Bonus Track)」
上戸彩「UETOAYAMIX」(2005年8月24日)
3.風-Home Grown-
エイジアエンジニア『ぜひっ!!』(2005年9月28日)
8.LIKE MUSIC m-flo「DOPE SPACE NINE」(2005年11月2日) 7.Loop In My Heart 和田アキ子「ラガアキコ」(2005年12月16日) 4.古い日記/Home Grown Remix CORN HEAD「LOVE SEEKER」(2006年5月24日) 4.LOVE SEEKER~見つけたんだ~feat.KEN-U,Home Grown ランキンタクシー「Let's Go Rockers」(2006年9月13日) 2.ヨロコビのうた with HOME GROWN 15.Let's Go Rockers with HOME GROWN [アーティスト名] Home Grown [タイトル] DO THE REGGAE! [CD番号] PCCA-2959 [発売日] 2009-07-15 1 Do the Reggae feat.PUSHIM 2 Lyrical Murderer feat.RUDEBWOY FACE 3 Live Uppp feat.JUMBO MAATCH,TAKAFIN & BOXER KID 4 Stay with Me feat.SUPER CRISS 5 Soul of Moon feat.CHEHON 6 Beautiful Survivor feat.AKANE&COMA-CHI 7 DJ Machine feat.NG HEAD 8 ダンスのあとふたりはfeat.RYO the SKYWALKER&KEN-U 9 夢の中へ feat.PJ 10 横浜横須賀道路 feat.横山剣 11 From Ghetto feat.BIG BEAR & SHINGO☆西成 12 どこまでいけるか feat.ラガラボMUZIQ 13 M.I.C. feat.ENT DEAL LEAGUE 14 君にマイクで伝えたい愛 feat.YOYO-C 15 All Day,All Night feat.GUAN CHAI 16 Morning Island 17 One Big Family〜わったぁしんか U-DOU & PLATY http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100101100010

RECOLLECTION

fly-to-the-sky.jpgフライ・トゥ・ザ・スカイは、韓国のR&B男性デュオ。メンバーはファニと韓国系アメリカ人のブライアン。略称はFTTS。

来歴 [編集]
1999年、SMエンターテインメントからデビューし、ブライアンのソフトで透き通る歌声とファニの太く豊かで力強い歌声のハーモニーで多彩なメロディーを歌い上げ、韓国のトップR&B歌手の地位を着実に固めた。 デビュー当時はいわゆる‘アイドル’だったが、4集のタイトル曲'MISSING YOU'を転機にファン層を広げ、‘アーティスト’として認められたーと二人は後のインタビューで振り返っている。 6集以降はPFull Entertainmentに移籍し、デュオ活動と平行してそれぞれソロでの活動の幅を広げ、俳優、MC、タレント、歌手として活躍する。

デビュー10年を記念する8集の発売と同時に、8集がFTTS最後の正規アルバムになると発表。今後は別々の事務所でソロ活動に専念する(ブライアンはpfullに残り、ファニは新しい事務所に移籍)。しかし二人は「決して解散ではない!」と強調し、機会があったらコンサートやイベントなどを通じFTTSとして存在し続けるとしている。  そして2009年4月12日の「SBS人気歌謡(生放送)」が8集活動最後のステージとなった。二人はデビュー曲'DAY BY DAY'と最後のタイトル曲'拘束'を熱唱し、最後にブライアンがファニの背に手を回して長いお辞儀で10年の活動に区切りをつけた。FTTS最後の舞台は5月に日本で開かれるイベントーとの報道もあるが、ブライアンはあくまで「ファニとブライアンそれぞれのアーティストとしての出演」とファンに語っている。  ブライアンはハリウッド映画の出演が決まり6月から2カ月間ほどアメリカでの撮影に入る予定だったが、制作側の問題か動きは見えず。一方ファニは秋の発売を目指してソロアルバムの制作に入っており、ハワイイベントに出演した際ファニ本人が9月か10月にリリースの予定と発表。

メンバー [編集]
ファニ(환희、歓喜、Hwanhee、Hwany、Fany ※読みは「ファン・ヒ」の二つ目の「H」が連音化して「ファニ」となる)
本名:ファン・ユンソク(황윤석)
生年月日:1982年1月17日
出身:韓国・ソウル
学歴:国民大学校演劇映画、慶煕大学校ポストモダン学科
血液型:B型
趣味:音楽鑑賞・コンピューターゲーム・バスケットボール
特技:ダンス
好きな食べ物:キムチチゲ
ソロ活動:ドラマ「オーバーザレインボー」「愛してる」出演
ブライアン(Brian、브라이언)
本名:Brian Gintaek Joo
韓国名:チュ・ミンギュ(주민규)
生年月日:1981年1月10日
出身:アメリカ・ニュージャージー
学歴:Rutgers University  東国大学入学(韓国)
血液型:A型
趣味:映画鑑賞・インターネットチャット・バスケットボール
特技:掃除・料理
好きな食べ物:パスタ・とんこつラーメン
ソロ活動:ソロアルバム「The Brian」、音楽番組MCなど

ディスコグラフィー [編集]
アルバム
1集 Day by Day (1999.12.9)   ~  タイトル曲:Day by Day
2集 約束 (2001.2.3)   ~   タイトル曲:약속(約束)
3集 Sea of Love (2002.4.26)  ~ タイトル曲:Sea of love
4集 Missing You (2003.7.4)   ~   タイトル曲:Missing you
5集 重力 (2004.11.8)   ~ タイトル曲:중력(重力)
6集 Transition (2006)   ~ タイトル曲:남자답게(男らしく)
7集 No Limitations (2007)   ~ タイトル曲:My angel
8集 Decennium (2009.2.12) ~ タイトル曲:구속(拘束)
ベスト版ほか
ベストアルバム - Eternity (2005.5.21)
リパッケージ-Transition (2006)
スペシャルリパッケージ-No Limitations (2007)
リメイクアルバム-Recollection (2008.4.23)
ソロアルバム
ブライアン 
「The Brian」(2006.12)
コンサート
Kim Jo Han & Fly to the Sky Joint Live Concert : Contact (2001)
1st Live Concert: Unforgettable (2004.4.22)
サウンドトラック参加
ファッション 70s   ~ 参加曲:가슴 아파도(胸が痛くても)
オーバーザレインボー(ファニのみ)  ~ 参加曲:Tommorow,그리운 건 어쩔수 없어(恋しさはどうしようもなくて)I Want U, I Need U
ハローお嬢さん(ブライアンのみ)  ~ 参加曲:매일 난(毎日僕は)
ベートーベンウィルス(ファニのみ)~参加曲:내 사람(僕の人)
Feat.参加ほか
MayBee 1集(ファニ)
Christopher 1集(ブライアン)
Duncan James-Sooner or Later(ファニ)
The Best of Christian Music(ファニ-Give Thanks)
All Star Christmas-White Christmas
Eru-マネキン(ファニ)
Eru-最後のコンサート(ブライアン)
Show How-New day(ブライアン)
Show How-Show U How (ファニ)
PS Jun-Evil Time(ブライアン)
ペ・スルギ-내 사람이 돼줘요(私の人になって)(ブライアン)

プロフィール [編集]
1999年12月9日1集「DaybyDay」発売

★1集 アルバム

デビュー日 1999年11月21日 MBC-TV ロックインH.O.T

1999年12月11日MBC「ミュージックキャンプ」生放送

1999年12月15日「クリスマスインSMタウン.com」発売

2000年1月26日KMTV 「ショーミュージックタンク」で「DaybyDay」1位

2000年7月25日~7月29日台湾プロモーション

2000年8月15日公式ファンクラブ「Flyhigh 」1期創壇式開催

2000年12月8日「2000ウインターバケーションSMタウン.com」発売

2000年12月29日 SBS歌謡大賞新人歌手賞受賞


受賞歴 [編集]
2007年
「第14回大韓民国芸能芸術賞バラード部門歌手賞」
2006年
「SBS歌謡大典本賞」
「第21回ゴールデンディスク賞本賞」
「Mnet KM ミュージックフェスティバル R&B 部門最優秀賞」
「第4回韓国ファッションワールドアワード歌手部門ベストドレッサー」
2004年
「SBS歌謡大典本賞 R&B部門」
2003年
「KBS歌謡大典青少年部門本賞」
「SBS歌謡大典本賞」
「スポーツソウル第14回ソウル歌謡大賞本賞」
「2003 Korean Music Awards R&B部門 人気賞」
「日刊スポーツ第18回ゴールデンディスク施賞式本賞」
「韓国ベストドレッサー施賞式 男性歌手部門」
「Mnet Music Video Festival R&B部門 最優秀MusicVideo賞」
2002
「SBS歌謡大典 R&B部門」
2000年
「SBS歌謡大典 新人歌手賞」

日本活動歴 [編集]
2001年8月24日 S.M.ENTERTAINMENT SHOWCASE LIVE(Zepp Tokyo)
2006年6月 K-pop superLive(大阪城ホール)
2006年10月26日 ASIAN NEXT PAX MUSICA 2006(東京国際フォーラム)
2007年8月 初ミーテイング(大阪)
2008年2月 初コンサート(東京・大阪)
2008年6月 ファンミーティング(三重)
2008年7月21日 コンサート「休歌」(東京ビッグサイト)
2008年10月5日 ファンイベント「Fly To The Sky が贈るクラシックな一日」(神戸)
2009年5月23日 ファンイベント「FLY TO THE SKY ファイナルストーリー ~2009 それぞれの歩み」(品川)
[アーティスト名] Fly to the Sky
[タイトル] RECOLLECTION
[CD番号] XQFJ-1001
[発売日] 2008-06-25
1 幸せを与える人
2 酔中真談 (Feat. And)
3 最後の愛
4 回想
5 この夜の終わりをつかんで
6 かたつむり
7 世界の果てからの始まり (Brian Solo)
8 願い (Hwany Solo)
9 私の涙集めて
10 一枚の思い出
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110101100010001111

Girl

4(3).jpgユンナ(윤하、1988年4月29日 - )は、日本と韓国の両国で活動する韓国ソウル出身の女性歌手である。本名はコ・ユナ(高潤荷・고윤하)。所属レコード会社は韓国ではロエン・エンターテインメント(旧・ソウルレコード)、日本ではSISTUS RECORDS。

人物 [編集]
名前の英語表記は「Younha」。日本でのファーストアルバムのタイトル「Go! Younha」は、本名の「コ・ユナ」の英語風表記。韓国語のㅎ音の変化により、/junha/ という音が日本語の話者には「ユナ」もしくは「ユンナ」と聞こえる。デビュー当時は「ユナ」名義であった。
4歳の頃からピアノを触っている。
韓国語・日本語・英語を話せるトライリンガルである。日本語に興味を持ったきっかけは、小学生の時に日本のドラマに興味を持ったからで、その後は独学で日本語を勉強するようになる。高校生になった頃には、ほぼ完璧に話せるようになり、同級生から日本のドラマの対訳を任されるようになるほどまでに習得する。
日本のドラマでは「ごくせん」等を見て日本語の勉強をしていたため、はじめて覚えた日本語は「お前ら」。
同じ事務所でシンガーソングライターのタイナカサチとは非常に仲が良く、タイナカサチのブログではたびたび遊びに行っている様子が公開されている。また2009年からユンナ本人もタイナカサチと同じレコード会社(SISTUS RECORDS)に移籍した。
「saku saku」に初出演した際、嫌いな食べ物を聞かれて「納豆と梅干し」と正直に答えてしまい、何とその場で強制的に食べさせられた(食べさせたのは当時番組MCであり、「梅干し好き」だった木村カエラである)。しかし、これをきっかけとして食わず嫌いを克服。同番組に3度目の出演をした際に、その事実を言ってしまったため、またしても納豆と梅干が用意された。
ユンジンという名の妹がいる(本人の日記中に度々登場。「めざましテレビ」の特集の際には、母と共にカメラの前へ登場した)。

略歴 [編集]
1992年、ピアノを始める。
2004年8月4日発売の『東京湾景~Destiny of Love 동경만경』オリジナルサウンドトラックに2曲参加。
2004年9月1日、『東京湾景~Destiny of Love 동경만경』オリジナルサウンドトラック収録曲『ゆびきり』でユナ名義でメジャーデビュー。
2006年11月、デジタルシングルで韓国においても歌手デビューを果たす。活動の中心を韓国へ移し、日本のメディアへの露出の機会が減る。
2007年3月、韓国にてファーストアルバム"告白するのにいい日"を発売。
2007年6月、韓国にてファーストアルバム"告白するのにいい日(Special Edition)"を発売。
2008年、韓国にてセカンドアルバム『SOMEDAY』を発売。
2008年12月、レコード会社をEPICレコードからSISTUS RECORDSに移籍。

作品 [編集]

シングル [編集]

日本 [編集]
ゆびきり (2004年9月1日、ESCL-2790)
フジテレビ系ドラマ「東京湾景」挿入歌
ゆびきり -日本語version- (2004年10月20日、ESCL-2793)
c/w 花のように:テイカロ「キシリクリスタルミントのど飴」CMソング
ほうき星 (2005年6月1日、ESCL-2654)
初回仕様:BLEACHキャラクターファイルVol.1、描き下ろしワイドキャップステッカー
テレビ東京系アニメ「BLEACH」エンディングテーマ
c/w あした、天気になれ。:TBS系「世界ウルルン滞在記」エンディングテーマ
c/w 思い出にできない:映画「天使が降りた日」第5話 "Diaries" 主題歌
もっとふたりで (2005年7月13日、ESCL-2661)
日本テレビ系「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」7月度Powe Play
日本テレビ系「歌スタ!!」7月度エンディングテーマ
タッチ/夢の続き (2005年9月7日、ESCL-2705)
初回仕様:映画『タッチ』青春胸キュンステッカー封入
映画「タッチ」挿入歌
マイ☆ラバ (2005年12月7日、ESCL-2743)
初回仕様:オリジナルポケットカレンダー(2006年1月~6月)付
ニンテンドーゲームキューブソフト「BLEACH GC 黄昏にまみえる死神」オープニングテーマ
手をつないで (2006年6月7日、ESCL-2824)
初回仕様:獣王星キャラクターファイルアザージャケット、描き下ろしワイドキャップステッカー
フジテレビ系アニメ「獣王星」エンディングテーマ
今が大好き (2006年9月6日、ESCL-2862)
初回仕様:「少女チャングムの夢」ワイドキャップ・ミニステッカーシート
NHK総合アニメ「少女チャングムの夢」オープニングテーマ
儚く強く (2007年1月17日、ESCL-2898)
初回仕様:「牙」描き下ろしワイドキャップステッカー
テレビ東京系アニメ「牙 -KIBA-」オープニングテーマ
レコーディングにはGO!GO!7188のターキーがドラムとして参加している。
Girl (2009年7月22日、GNCX-0018)
GReeeeNのプロデューサーJINを迎えた日本で約2年半ぶりのシングル。
テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」エンディングテーマ

韓国 [編集]
Audition (2006年 11月27日 - 韓国での配信日)
デジタルシングルで配信のみとなっている
Audition (2008年 3月21日 - 韓国での発売日)
正規のデビューシングル
DVD付き

アルバム [編集]

日本 [編集]
Go! Younha (2005年10月5日、ESCL-2668)
初回:豪華スペシャル写真集「A Day with Younha」、三方背スペシャルパッケージ
SONGS -teen's collection- (2008年3月26日、ESCL-3056/7)
初回:スペシャルフォトブック「travel younha」封入

韓国 [編集]
告白しやすい日[고백하기 좋은 날] (2007年3月15日)
ユンナが大韓民国で売り出した一番目正規アルバム
告白しやすい日 Special Edition[고백하기 좋은 날 Special Edition] (2007年6月26日)
ほうき星[혜성] (2007年10月23日)
日本で活動する時に歌った曲を韓国語で飜案して収録したアルバム
Someday (2008年8月28日)
peace love & ice cream(2009年4月13日)

輸入盤 [編集]
The Perfect Day to Say I Love You - Younha Vol.1 (2007年3月17日、SRCD-3980)
The Perfect Day to Say I Love You - Younha Vol.1 Repackage Album (2007年6月25日、SDL-0023)

参加アルバム [編集]
山崎まさよし トリビュート・アルバム ONE MORE TIME, ONE MORE TRACK (2005年12月21日、ESCL-2716)
「僕はここにいる」カバー収録
14プリンセス~PRINCESS PRINCESS CHILDREN~ (2006年3月8日、SECL-351)
「DIAMONDS」カバー収録

出演 [編集]

バラエティ [編集]
saku saku
めざましテレビ「見たもん広人苑」

映画 [編集]
天使が降りた日
今度の日曜日に

外部リンク [編集]
ユンナ Official Web Site(日本の公式サイト)
ユンナ Official Web Site(日本の公式サイト、以前)
Younha :: official fanclub(韓国の公式サイト)
[アーティスト名] ユンナ
[タイトル] Girl
[CD番号] GNCX-18
[発売日] 2009-07-22
1 Girl
2 贈りそびれた言葉
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100101010110

オール・ザ・ロスト・ソウルズ [初回生産限定バリュー・プライス]

James_Blunt_portrait.jpgジェームス・ブラント(James Blunt、1974年2月22日 - )は、イングランドウィルトシャー出身の歌手。元軍人。本名ジェームス・ヒリアー・ブラウント(James Hillier Blount)。

来歴 [編集]
かつてはイギリス陸軍の近衛騎兵連隊に所属する軍人であった。キャプテン(大尉)のランクにも昇格し、NATO平和維持部隊として紛争地帯のコソボにも赴いた経験を持つ。


ディスコグラフィ [編集]

アルバム [編集]
『バック・トゥ・ベッドラム』 - Back to Bedlam (2004年)
イギリスをはじめヨーロッパの国々で1位を記録。アメリカにおいてもビルボードアルバムチャートTOP10にチャートイン。全米最高位第2位。

『オール・ザ・ロスト・ソウルズ』 - All the Lost Souls (2007年9月19日発売)
全英1位・全米7位

映画『P.S. アイラヴユー』の主題歌を担当しており、同映画のサウンドトラックにも収録。

シングル [編集]
『ハイ』 - "High (2004年)" ※カップリング曲に『シュガー・コーテッド』を収録
『ワイズ・メン』 - "Wise Men (2005年)"
『ユア・ビューティフル』 - "You're Beautiful (2005年)" ※日本ではフジテレビ系ドラマ『小早川伸木の恋』挿入歌、トヨタ・ヴィッツCMソングに起用された。イギリスをはじめヨーロッパの国々で1位を獲得。アメリカのビルボードHOT100においても1位を記録(イギリス人男性ソロアーティストとしては1997年のエルトン・ジョン「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」以来、実に9年ぶり)
『ワイズ・メン』 - "Wise Men (2005年)"
『ハイ』 - "High (2005年)" ※カップリング曲にU2をカバーした『イン・ア・リトル・ホワイル』を収録
『グッバイ・マイ・ラヴァー』 - "Goodbye My Lover (2005)"

その他 [編集]
2006年5月29日、イギリス・エセックスのEssex FMでは彼の曲を事実上「当分の間、放送を自粛する」と発表し、物議をかもした。あまりにリクエストが多くかけすぎて素晴らしい曲だが皆嫌になっている為との事。また、その影響かどうか定かではないが、イギリスの「ウザい物トップ100」というランキングにて4位にランクインした。
アル・ヤンコビックにパロディーソング「You're Pitiful」を作成される。
「You're Beautiful」のPVのTシャツを脱ぐシーンがアメリカのコメディアンのパロディの的になる。
オアシスから一発屋だと非難され、聴きたくないならラジオを消せばいいと反論。

外部リンク [編集]
ワーナーミュージック・ジャパンによる日本公式サイト
|| JAMES BLUNT || UK公式サイト
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88" より作成
[アーティスト名] James Blunt
[タイトル] オール・ザ・ロスト・ソウルズ [初回生産限定バリュー・プライス]
[CD番号] WPCR-12709
[発売日] 2007-09-18
1 1973
2 One Of The Brightest Stars
3 I'll Take Everything
4 Same Mistake
5 Carry You Home
6 Give Me Some Love
7 I Really Want You
8 Shine On
9 Annie
10 I Can't Hear The Music
11 1973 (Acoustic)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110101100111100101

RECOLLECTION

vhstv256.jpgフライ・トゥ・ザ・スカイは、韓国のR&B男性デュオ。メンバーはファニと韓国系アメリカ人のブライアン。略称はFTTS。

来歴 [編集]
1999年、SMエンターテインメントからデビューし、ブライアンのソフトで透き通る歌声とファニの太く豊かで力強い歌声のハーモニーで多彩なメロディーを歌い上げ、韓国のトップR&B歌手の地位を着実に固めた。 デビュー当時はいわゆる‘アイドル’だったが、4集のタイトル曲'MISSING YOU'を転機にファン層を広げ、‘アーティスト’として認められたーと二人は後のインタビューで振り返っている。 6集以降はPFull Entertainmentに移籍し、デュオ活動と平行してそれぞれソロでの活動の幅を広げ、俳優、MC、タレント、歌手として活躍する。

デビュー10年を記念する8集の発売と同時に、8集がFTTS最後の正規アルバムになると発表。今後は別々の事務所でソロ活動に専念する(ブライアンはpfullに残り、ファニは新しい事務所に移籍)。しかし二人は「決して解散ではない!」と強調し、機会があったらコンサートやイベントなどを通じFTTSとして存在し続けるとしている。  そして2009年4月12日の「SBS人気歌謡(生放送)」が8集活動最後のステージとなった。二人はデビュー曲'DAY BY DAY'と最後のタイトル曲'拘束'を熱唱し、最後にブライアンがファニの背に手を回して長いお辞儀で10年の活動に区切りをつけた。FTTS最後の舞台は5月に日本で開かれるイベントーとの報道もあるが、ブライアンはあくまで「ファニとブライアンそれぞれのアーティストとしての出演」とファンに語っている。  ブライアンはハリウッド映画の出演が決まっており、6月から2カ月間ほどアメリカでの撮影に入る予定。一方ファニは秋の発売を目指してソロアルバムの制作に入るとみられる。


メンバー [編集]
ファニ(환희、歓喜、Hwanhee、Hwany、Fany ※読みは「ファン・ヒ」の二つ目の「H」が連音化して「ファニ」となる)
本名:ファン・ユンソク(황윤석)
生年月日:1982年1月17日
出身:韓国・ソウル
学歴:国民大学校演劇映画、慶煕大学校ポストモダン学科
血液型:B型
趣味:音楽鑑賞・コンピューターゲーム・バスケットボール
特技:ダンス
好きな食べ物:キムチチゲ
ソロ活動:ドラマ「オーバーザレインボー」「愛してる」出演
ブライアン(Brian、브라이언)
本名:Brian Gintaek Joo
韓国名:チュ・ミンギュ(주민규)
生年月日:1981年1月10日
出身:アメリカ・ニュージャージー
学歴:Rutgers University  東国大学入学(韓国)
血液型:A型
趣味:映画鑑賞・インターネットチャット・バスケットボール
特技:掃除・料理
好きな食べ物:パスタ・とんこつラーメン
ソロ活動:ソロアルバム「The Brian」、音楽番組MCなど

ディスコグラフィー [編集]
アルバム
1集 Day by Day (1999.12.9)   ~  タイトル曲:Day by Day
2集 約束 (2001.2.3)   ~   タイトル曲:약속(約束)
3集 Sea of Love (2002.4.26)  ~ タイトル曲:Sea of love
4集 Missing You (2003.7.4)   ~   タイトル曲:Missing you
5集 重力 (2004.11.8)   ~ タイトル曲:중력(重力)
6集 Transition (2006)   ~ タイトル曲:남자답게(男らしく)
7集 No Limitations (2007)   ~ タイトル曲:My angel
8集 Decennium (2009.2.12) ~ タイトル曲:구속(拘束)
ベスト版ほか
ベストアルバム - Eternity (2005.5.21)
リパッケージ-Transition (2006)
スペシャルリパッケージ-No Limitations (2007)
リメイクアルバム-Recollection (2008.4.23)
ソロアルバム
ブライアン 
「The Brian」(2006.12)
コンサート
Kim Jo Han & Fly to the Sky Joint Live Concert : Contact (2001)
1st Live Concert: Unforgettable (2004.4.22)
サウンドトラック参加
ファッション 70s   ~ 参加曲:가슴 아파도(胸が痛くても)
オーバーザレインボー(ファニのみ)  ~ 参加曲:Tommorow,그리운 건 어쩔수 없어(恋しさはどうしようもなくて)I Want U, I Need U
ハローお嬢さん(ブライアンのみ)  ~ 参加曲:매일 난(毎日僕は)
ベートーベンウィルス(ファニのみ)~参加曲:내 사람(僕の人)
Feat.参加ほか
MayBee 1集(ファニ)
Christopher 1集(ブライアン)
Duncan James-Sooner or Later(ファニ)
The Best of Christian Music(ファニ-Give Thanks)
All Star Christmas-White Christmas
Eru-マネキン(ファニ)
Eru-最後のコンサート(ブライアン)
Show How-New day(ブライアン)
Show How-Show U How (ファニ)
PS Jun-Evil Time(ブライアン)
ペ・スルギ-내 사람이 돼줘요(私の人になって)(ブライアン)

プロフィール [編集]
1999年12月9日1集「DaybyDay」発売

★1集 アルバム

デビュー日 1999年11月21日 MBC-TV ロックインH.O.T

1999年12月11日MBC「ミュージックキャンプ」生放送

1999年12月15日「クリスマスインSMタウン.com」発売

2000年1月26日KMTV 「ショーミュージックタンク」で「DaybyDay」1位

2000年7月25日~7月29日台湾プロモーション

2000年8月15日公式ファンクラブ「Flyhigh 」1期創壇式開催

2000年12月8日「2000ウインターバケーションSMタウン.com」発売

2000年12月29日 SBS歌謡大賞新人歌手賞受賞


受賞歴 [編集]
2007年
「第14回大韓民国芸能芸術賞バラード部門歌手賞」
2006年
「SBS歌謡大典本賞」
「第21回ゴールデンディスク賞本賞」
「Mnet KM ミュージックフェスティバル R&B 部門最優秀賞」
「第4回韓国ファッションワールドアワード歌手部門ベストドレッサー」
2004年
「SBS歌謡大典本賞 R&B部門」
2003年
「KBS歌謡大典青少年部門本賞」
「SBS歌謡大典本賞」
「スポーツソウル第14回ソウル歌謡大賞本賞」
「2003 Korean Music Awards R&B部門 人気賞」
「日刊スポーツ第18回ゴールデンディスク施賞式本賞」
「韓国ベストドレッサー施賞式 男性歌手部門」
「Mnet Music Video Festival R&B部門 最優秀MusicVideo賞」
2002
「SBS歌謡大典 R&B部門」
2000年
「SBS歌謡大典 新人歌手賞」

日本活動歴 [編集]
2001年8月24日 S.M.ENTERTAINMENT SHOWCASE LIVE(Zepp Tokyo)
2006年6月 K-pop superLive(大阪城ホール)
2006年10月26日 ASIAN NEXT PAX MUSICA 2006(東京国際フォーラム)
2007年8月 初ミーテイング(大阪)
2008年2月 初コンサート(東京・大阪)
2008年6月 ファンミーティング(三重)
2008年7月21日 コンサート「休歌」(東京ビッグサイト)
2008年10月5日 ファンイベント「Fly To The Sky が贈るクラシックな一日」(神戸)
2009年5月23日 ファンイベント「FLY TO THE SKY ファイナルストーリー ~2009 それぞれの歩み」(品川)
[アーティスト名] Fly to the Sky
[タイトル] RECOLLECTION
[CD番号] XQFJ-1001
[発売日] 2008-04-24
1 幸せを与える人
2 酔中真談 (Feat. And)
3 最後の愛
4 回想
5 この夜の終わりをつかんで
6 かたつむり
7 世界の果てからの始まり (Brian Solo)
8 願い (Hwany Solo)
9 私の涙集めて
10 一枚の思い出
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アイアイ傘 [DVD付限定盤]

c0118294_20505652.gifテゴマス (Tegomass) は、日本のヴォーカルユニットである[1]。所属芸能事務所はジャニーズ事務所。所属レコード会社はジャニーズ・エンタテイメント。スウェーデンではTegomass名義で活動を行う。

メンバー [編集]
テゴ - 手越祐也(てごし ゆうや、1987年11月11日 - )
マス - 増田貴久(ますだ たかひさ、1986年7月4日 - )

概要 [編集]
NEWSのメンバーでもある、手越祐也と増田貴久によるヴォーカルユニット。ユニット名はデビューを機に、二人の名字「手越(テゴシ)」「増田(マスダ)」から2文字ずつ取り、「テゴマス (Tegomass)」と名付けられた。

二人はジャニーズJr.時代から、ジャニー喜多川に歌唱力と声質を評価されていた[2]。一緒に組んで歌うように勧めたのもジャニー喜多川であり、ジャニーズJr.のうちから二人で歌う機会を得るようになる[3]。NEWSが結成されてからは、アルバム『touch』に収録されている「ずっと」、DVD『NEWSニッポン0304』に収録されている「ありがとう・今」などのオリジナル曲を発表しており、歌を重視したコンビとして活動する[4]。

2006年11月、「Tegomass」としてシングル『Miso Soup』をスウェーデンで発売。ジャニーズ事務所としては初の試みである欧州先行デビューとなる[5]。これは、NEWSがスウェーデンの作曲家チームから『紅く燃ゆる太陽』『サヤエンドウ』『夢の数だけ愛が生まれる』などの楽曲の提供を受けていた事と、同じくスウェーデンの作曲家チームによる作品である修二と彰『青春アミーゴ』がスウェーデン国内でも好反応を得た事がきっかけとなって、現地のレコード会社「スカンジナビアソングス」(レーベル「HAWK RECORDS」)がジャニーズ事務所側にスウェーデン進出を打診したためである[5][6]。歌唱力に定評がある事も考慮された[5]。

2006年12月には日本でもデビューし、以降、NEWSと並行して活動を行う。

2009年7月22日~8月20日、テゴマスとして初のコンサートを行う。


来歴 [編集]

2006年 [編集]
11月15日、スウェーデンで「Tegomass」としてシングル『Miso Soup』でデビュー。11月13日から17日まで現地でプロモーション活動を行い、マスメディア14社からの取材に応じた[5]。発売日当日にストックホルム市内で行ったイベントでは500人を動員し[5]、その様子は現地の大手新聞『ダーゲンス・ニュヘテル』でも取り上げられる[7]。現地では音楽業界の関係者を招いたパーティーも開き[8]、デビューシングルのタイトルにならって味噌汁を振る舞った[3]。

12月20日、日本で「テゴマス」としてシングル『ミソスープ』でデビュー。オリコンシングルチャートで、週間最高順位1位を記録する。


2007年 [編集]
3月、『第38回春の高校バレー全国大会』スペシャルサポーターに就任する。同時期に行っていたNEWSのコンサートツアーの合間を縫いながら、同大会を取り扱うテレビ番組『若さでアタック!第38回春の高校バレー』(フジテレビ系)に出演。試合会場であるさいたまスーパーアリーナへ足を運び試合を観戦したほか、デジタルカメラで選手の様子を撮影し、「マルイチカラのキセキ」というコーナーで紹介した。また、初日の開会式の入場行進では出場校の名前を全て読み上げた。

5月16日、テレビアニメ『ラブ★コン』(TBS系)のテーマ曲が収録された『キッス〜帰り道のラブソング〜』を発売する。

6月16日、台湾の音楽祭「金曲奨」に日本代表のプレゼンターとして出演し、「ミソスープ」など2曲を披露。翌17日、台北市内の野外ステージでライブを行った。

ミソスープがスウェーデンでゴールドディスク賞を受賞。


作品 [編集]
タイアップはジャニーズ タイアップ一覧を参照のこと。


シングル [編集]
Miso Soup(2006年11月15日、スウェーデン)
ミソスープ(2006年12月20日)
キッス〜帰り道のラブソング〜(2007年5月16日)
アイアイ傘(2008年6月18日)
七夕祭り(2009年7月8日)

アルバム [編集]
テゴマスのうた(2009年7月15日)

出演 [編集]
NEWSや個人の項も併せて参照のこと。


テレビ番組 [編集]
若さでアタック! 第38回春の高校バレー(2007年3月19日 - 3月25日、フジテレビ)

コンサート [編集]
ジャニーズカウントダウンライブ2006-2007(2006年12月31日、東京ドーム)
Johnnys' Countdown 2007-2008(2007年12月31日、東京ドーム)
テゴマス『アイアイ傘』発売記念LIVEイベント(2008年6月17日)
テゴマス『七夕祭り』発売記念LIVEイベント(2009年7月6日)
テゴマスのうた♪(2009年7月22日-大阪城ホール、8月4日・5日-国立代々木競技場 第一体育館、8月7日・9日・14日-仙台サンプラザホール、8月11日・12日-広島ALSOKホール、8月16日-ウェルシティ札幌、8月20日-福岡サンパレス)

連載 [編集]
テゴ+マス=☆(2007年5月2日 - 6月3日、Johnny's Web)

出典・脚注 [編集]
[ヘルプ]
^ 所属レコード会社であるジャニーズ・エンタテイメントの公式サイトの表記にならう。(参照: 2007年5月21日)
^ 手越と増田の声がハモると、とてもキレイだったということもある。『ミュージックステーション』(2007年5月18日、テレビ朝日系)
^ a b 三沢千晶(Text)「ARTIST INTERVIEW」『oricon style 2006 No.49-1373』、オリコン・エンタテインメント、2006年。
^ 「Holy Night with Miso Soup!」『Duet 2007年1月号』、ホーム社、2006年。
^ a b c d e 「NEWS手越&増田、スウェーデンでお先にデビュー…ジャニーズ初、欧州先行発売」スポーツ報知、2006年11月23日。(参照: 2006年11月23日、消滅確認: 2007年7月18日)
^ 「「ミソスープ」チャートイン「NEWS」から新ユニット」スポーツニッポン、2006年11月23日。
^ 「Proper popduo pa pr-party」Dagens Nyheter、2006年11月17日。(参照: 2006年11月18日)
^ 「Tegomass15日スウェーデンデビュー、リリースパーティ」Beatguide Sweden、2006年11月20日。(参照: 2007年5月21日)

関連項目 [編集]
ジャニーズ事務所
ジャニーズ・エンタテイメント
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%82%B9" より作成
[アーティスト名] テゴマス
[タイトル] アイアイ傘 [DVD付限定盤]
[CD番号] JECN-170
[発売日] 2008-06-18
1 アイアイ傘
2 僕らのうた
3 もしも僕がポチだったら
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110101101101011101

SEASONS COLOURS -秋冬撰曲-

main.jpg松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名も同じ、1954年1月19日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家、作詞家。荒井由実(あらい ゆみ)の名で活動していたが、1976年の結婚とともにアーティスト名も改姓。愛称はユーミン(Yuming)。ペンネームは呉田軽穂(くれた かるほ)。匿名性を持って曲を提供する際に用いている。往年の美人映画女優である「グレタ・ガルボ」をもじったものである。東京都八王子市出身、世田谷区岡本在住。立教女学院高等学校、多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業。身長164cm。

夫はアレンジャー、作曲家、音楽プロデューサー、自動車評論家の松任谷正隆。ラジオなどで正隆について語る時は「松任谷」「松任谷さん」「うちの旦那さん」「まるまつ」「おとうさん」と呼んでいる。

経歴 [編集]

荒井由実時代 [編集]
1954年1月、東京都八王子市の創業95年(2007年現在)の老舗呉服店(荒井呉服店)に、二男二女の第三子(二女)として生まれ、6歳からピアノ、11歳から三味線、14歳からベースを始めた。中学時代に 港区・麻布台(飯倉)のイタリアンレストラン「キャンティ」に出入りしていた。後に同レストランに集まったアーティストから、アルファレコードが生まれ、デビューのきっかけを作った。

14歳のとき、プロとしての初めての仕事でスタジオでのピアノ演奏をした。以後、スタジオで演奏をしながらオリジナルの曲を書き、15歳で作詞家としてデビューし、1971年に17歳で作曲家としてデビューした、その作品は彼女を本格的なデビューへと誘った加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ提供した『愛は突然に…』である。

前述のように実家が呉服屋であったために染色の専攻を志し、1972年4月に多摩美術大学に入学。初めは作曲家志望だったが、アルファレコードを設立した村井邦彦の勧めで、同年7月5日にかまやつひろしがプロデュースしたシングル『返事はいらない』で荒井由実としてデビュー。同シングルはほとんど売れず、後に幻のデビューシングルと呼ばれるようになる。1973年11月にファーストアルバム『ひこうき雲』を発売、TBSラジオの深夜放送番組「パックインミュージック」金曜日第2部を担当していたパーソナリティの林美雄の絶大な支持を受けて知名度が上がり、翌1974年より本格的にステージ活動を開始する。

1975年10月発売のシングル『あの日にかえりたい』(TBSドラマ「家庭の秘密」主題歌)が、初のオリコンチャート1位を獲得(それ以前にもバンバンへの提供曲の『「いちご白書」をもう一度』が1位を獲得している)、1976年の年間シングル売り上げチャート10位のヒットとなり、第一次ブームを迎える。さらにこの年には、年間アルバム売り上げチャートTOP10に、旧譜を含む3枚のアルバムがランクインするという快挙を成し遂げた。

彼女が活動を始めた時期は、自作自演を行う人の中からアメリカやイギリスの1960年代の音楽に深く影響を受けた、フォーク(後にニューミュージック)と呼ばれるジャンルの音楽を志向する人々が増えてきた頃にあたり、彼女は女性としてはその草分け的存在の一人であると言える。初期の頃の「ニューミュージック」は楽曲的にはフォークソングの系譜を受けつぎながらも、詞に関しては従来型の「四畳半フォーク」等と揶揄されていたほど生活観や生々しい恋愛描写に満ち溢れていたものであったのに対し、彼女の作品はそうした生活観を直接的にさらけ出した表現を避け、叙情を重視した詩的な歌詞であった為に話題を呼んだ。また歌詞に東京近郊の名所を盛り込むなど都会的なセンスを兼ね備えていた点も評価されていた。

松任谷由実時代 [編集]
1975年12月にアレンジャーの松任谷正隆と婚約、1976年11月29日に横浜山手教会にて結婚、松任谷由実となる。本人には引退する考えもあったようだが、結婚後も途切れず音楽活動を続行。1978年から1983年はオリジナルアルバムを毎年2枚リリースするなど、ブレッド&バター・松田聖子・小林麻美などに楽曲提供をしながらもハイペースで曲を製作。『埠頭を渡る風』『DESTINY』『恋人がサンタクロース』『カンナ8号線』『真珠のピアス』『ダンデライオン』などはこの頃作られた。また、リゾート地でのコンサートのスタイルをこの時期に確立。この分野においても草分け的存在の一人である。

1981年6月のシングル『守ってあげたい』(薬師丸ひろ子主演映画「ねらわれた学園」の主題歌)が1981年年間シングル売り上げチャート10位のヒットとなり、第二次ブームが到来。その年のアルバム『昨晩お会いしましょう』以降のオリジナルアルバムは17枚連続でオリコン1位を獲得、1988年のアルバム『Delight Slight Light KISS』以降は8枚連続のミリオンセラーを連発。

彼女が始めた“見せる”ステージは、1978年自転車に乗って登場する『大衆的時事歌劇』に始まり、本物の象が出た『OLIVE』・マジックを取り入れた『MAGICAL PUMPKIN』・エレベータを設置した『BROWN'S HOTEL』・噴水ショー『SURF & SNOW』・30メートルの竜に乗った『水の中のASIAへ』など年々エスカレート。億単位の金をかけ、内外の最新技術を積極的に取り入れた、コンサートの枠を超えた新たな一大エンターテイメントになっていった。当時のインタビューでも、「レコードで儲けた分、コンサートで夢と一緒にファンの方にお返しするのが役目」と語っていた。「若者のカリスマ」、「恋愛の教祖」などと呼ばれ、1980年代はまさにユーミンの時代だった。「中産階級の手に届く夢」を歌って時代の波に乗ったユーミンだったが、1990年代に入ると精神世界や民族的な音楽に着目。『満月のフォーチュン』『DAWN PURPLE』『真夏の夜の夢』『春よ、来い』『輪舞曲』などを生み出す。

1996年、旧姓荒井由実の名で活動を行う。セルフカバーシングル『まちぶせ』を発売。また、当時の仲間のミュージシャンを集めて、「Yumi Arai The Concert with old Friends」を開催した。このライブアルバム発売に伴い、年末リリースのアルバムが数ヶ月遅れた。これ以降、日本の恒例行事とまで呼ばれたサイクル(冬のアルバム発売~夏までツアー)が若干緩やかになったが、「カリスマはもういい。これからは好きな音楽をやる」と宣言した彼女は、以後も精力的に作品を制作。ステージはますます大掛かりになり、1999年・2003年にはロシアのサーカスチームとコラボレートした制作費50億円のコンサート「シャングリラ」を開催。前代未聞の興行として話題になる。2007年にはシリーズ最後を飾る「シャングリラIII」を開催。

2009年、2月5日から16日まで恒例の苗場コンサートを開催。インターネットでもライブを配信。4月8日にニューアルバム「そしてもう一度夢見るだろう」をリリース後は、4月10日から10月3日まで(全61公演)全国コンサートツアー「TRANSIT」を開催。

[アーティスト名] 松任谷由実
[タイトル] SEASONS COLOURS -秋冬撰曲-
[CD番号] TOCT-26372
[発売日] 2007-10-24
1 さざ波
2 9月には帰らない
3 9月の蝉しぐれ
4 Good-bye Goes by
5 雨の街を
6 旅立つ秋
7 青いエアメイル
8 ジャコビニ彗星の日
9 星のルージュリアン
10 りんごのにおいと風の国
11 リフレインが叫んでる
12 NIGHT WALKER
13 灯りをさがして
14 Forgiveness
15 Autumn Park
16 私のロンサム・タウン
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110101000110110001

夢が咲く春~~You and Music and Dream [限定]

GHFY1CA1EBWLDCAVR0UT0CAX42HYJCA2TJVSNCAPYUN53CA5NEGJ5CASZE6UUCARTQVVPCAJJ3ADHCAEBQZ1MCASG595OCA6G7XIMCAINWNQ3CAEHZNTZCAXL5VNJCA4ZZQOHCA1VVZJ5CA8VSL75CAE8JE3D.jpg倉木 麻衣(くらき まい、1982年10月28日 - )は、日本の女性歌手。千葉県船橋市出身。デビュー後大阪府枚方市に転居。LOOP・NORTHERN MUSIC所属。前所属GIZA studio。父親は映画監督の山前五十洋。祖父は詩人の山前実治。幼少時代、監督作品にも出演。聖徳大学附属高等学校から立命館宇治高等学校編入・卒業を経て、立命館大学産業社会学部人間文化学系入学、2005年春に卒業。

概要
1999年に17歳でリリースしたデビューシングル『Love, Day After Tomorrow』が売上140万枚(オリコン調べ)の大ヒットとなり、一気に人気アーティストとなった。立て続けにシングルもヒットし、1stアルバム『delicious way』が売上350万枚(オリコン調べ)を、出荷枚数にして400万枚を突破するなど、めざましい活躍を見せた。現在でもシングルがオリコンチャートのトップ10以内にランクインしている。2005年3月に立命館大学を卒業し、現在は音楽活動に専念している。


倉木の日本の音楽業界への影響
倉木がデビューした1999年の日本の音楽業界は、小室哲哉を頂点とするいわゆる小室ファミリーの勢力が落ち込み、MISIAや小柳ゆき、特に宇多田ヒカルの爆発的なヒットに見られるR&B全盛の時代であった。

当時のブームの影響もありR&Bアーティストとしてデビューすることになるが、あくまで親しみやすさ、馴染みやすさを感じさせる歌謡曲の延長線上としてのR&Bテイストの楽曲によって音楽シーンを圧巻し、デビューは成功した。特に2000年は、オリコンチャートの年間シングル・トータル・セールス1位、アルバムとアーティスト別のトータルセールス2位を記録した。その後も2ndアルバム『Perfect Crime』やベストアルバム『Wish You The Best』がミリオンヒットするなど、コンスタントに楽曲を発表し続けている。


メディアへの出演について
倉木はデビュー当時より地上波のテレビ番組に出演することを好まない歌手に含まれる。その多くは自身の曲がタイアップされている番組への録画されたコメントでの出演であり、音楽番組への初出演は、2000年7月1日のTBS系「COUNT DOWN TV」でのアルバム「delicious way」の全曲紹介のコメント出演であった。音楽番組で実際に歌ったのは『NHK紅白歌合戦』への3回の出演時のみである。

しかし、デビュー当時から比べると地上波への出演は増加している。例えば立命館大学の入学式では、インタビュー無しの写真撮影のみだったのに対して、卒業式には倉木自身がインタビューに答えている。[1]また、紅白への出演も2003年に入ってからである。

その一方で地上波以外への媒体への出演は比較的多い。アルバムなどの発売に合わせてラジオ・雑誌などには多く出演し、ラジオや衛星放送で自身の番組を持っていたこともある。

2004年頃からはインターネットでの露出に力を入れている。芸能人としては早くからBlogを始め、2005年12月からは衛星放送で放送されていた「Mai-K TV」をNTTのフレッツ内で放送を始めている。ただし、他のアーティストと比べた場合、それでもメディアへの露出は少ない。

理由については、ビーインググループの戦略に惚れた事であると言われている。ビーイング系の女性アーティスト(ZARD・小松未歩など)は伝統的にメディアへの露出が極めて少ない。

2007年6月、初めての中国、台湾への訪問に、地元メディアがヒートアップ。空港から移動中、宿泊先など様々なシーンで彼女が登場。日本とのメディアへの対応の違いに意見が出た面もあるが、倉木サイドは旅行中をオープンにしており、日本のメディアももちろん取材ができていた。取材がオープンになったのは、中国、台湾とも式典への招待客の立場であったこと、そして、彼女の人気の高い中国、台湾への短期PR、台湾ライブのPRを兼ねたため。また、旅行中の倉木麻衣を事務所サイドでもくまなく撮影していた。

2009年2月13日、ミュージックステーションに初の生出演を果たした(歌唱曲は「touch Me!」)[2]。


楽曲の特徴

楽曲の提供
全ての作品において倉木は作曲を一切せず、作曲家に曲の提供を受けている。デビューから2004年までは、その多くは大野愛果、徳永暁人、YOKO Black. Stoneの3名が占めている。特に大野愛果は、倉木の作品の約半分を作曲している。

編曲は作曲者が担当するか、ボストンの「Cybersound」に依頼する場合が多い。

2005年以降は大野愛果、徳永暁人を中心に多くのGIZA所属アーティストから楽曲の提供を受けている。但し、岡本仁志、後藤康二の作曲に触れるようになるが、倉木の歌唱力を絶賛した小澤正澄に対しては、作曲、編曲をさせず、リミックスだけであり、多々納好夫、小松未歩、川島だりあの作曲もない。

作詞について
一部のカバー曲、デュエット曲を除き、倉木名義の作品全ての作詞にかかわっている。ほとんどは倉木のみの作詞だが、一部共同作詞として関係者の名前がクレジットされている作品もある。


記録・賞など
シングル楽曲すべてがオリコンの上位10位に入っている。
シングルでは18作連続でTOP3入りを果たしていたが、19作目『Love,needing』で最高位5位となり、連続記録更新を逃した(デビュー作からの記録では歴代3位。女性アーティスト、非ジャニーズでは歴代1位)。
アルバムは5作すべてが1位を獲得していたが、6作目『FUSE OF LOVE』で初登場3位となり、連続記録更新を逃した(オリコン調べ)。
1作目のアルバム『delicious way』は初回出荷枚数が330万枚。これは日本における邦楽アルバムでは歴代3位(女性アーティストでは1位)の記録。また発売1週目の売上枚数は、約221.8万枚(オリコン調べ)であり、デビュー・アルバムとしては歴代最高記録である。
シングルではデビュー以来31作連続でTOP10入りを果たし記録更新中(デビュー作からの記録では歴代4位。女性ソロアーティストでは歴代1位)。
オリコンシングル2位は11曲にのぼり、アーティストとしてはオリコンシングルチャートの最高記録である。
第15回日本ゴールドディスク大賞で『delicious way』がロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを、『Secret of my heart』がソング・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第16回日本ゴールドディスク大賞で『Perfect Crime』がロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第17回日本ゴールドディスク大賞で『FAIRY TALE』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第18回日本ゴールドディスク大賞で『If I Believe』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
第19回日本ゴールドディスク大賞で『Wish You The Best』がロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
日本ポニーテール協会より『第1回日本ポニーテール大賞』を受賞。

サポートメンバー及び関連人物
EXPERIENCE-ファーストライブから「Rits倉木麻衣メモリアルライブ2004」までの、黒人アーティスト4名で構成されるサポートメンバー。通常のライブ以外にもFCイベントや紅白でのサポート、PVへの出演なども行っている。特にリーダーのジェフリー・クエストは倉木への楽曲提供やライブでの盛上げ役など重要な役割を担っていた。
Purple Haze-「Mai Kuraki Live Tour 2005 LIKE A FUSE OF LOVE」のみのサポートメンバーで、EXPERIENCE同様黒人アーティスト4名で構成されている。2006年以降は特定のツアーバンドは置かれていないが、Purple Hazeのドラマーであるマービン・レノアーは継続してドラムを担当している。
西室斗紀子-デビュー時からの倉木担当ディレクター。「明日へ架ける橋」以降は同じ事務所の滴草由実担当となるが、アルバム「DIAMOND WAVE」からは再び倉木担当となる。倉木の育ての親的存在。
孫燕姿-台湾を中心に、中華圏を代表する女性アーティスト。「FAIRY TALE」が台湾のCDチャートで1位を取ったことをきっかけに、倉木とそれぞれのアルバムで共演している。

略歴

デビューまで
倉木が「歌うこと」に始めて興味を持ったのは、小学校6年生の時である。当時倉木はピアノを習っていて、漠然と音楽に関わる仕事をしたいと考えていた。そのピアノのレッスンの中に音符を読みながら歌っていくというものがあったのだが、その歌を聴いた彼女の先生が「あなたはピアノより、歌が向いている」という言葉がきっかけとなり、歌の道に進みたいと考えはじめた。[3]

中学生になると、倉木は洋楽、特に女性アーティストの作品を聴くようになる。そのきっかけは、マイケル・ジャクソンのビデオを見たことである。その後、マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、ローリン・ヒルなどを聴くようになり、彼女らのようなシンガーになりたいと真剣に考えるようになる。

その頃、ビーイングを組織し現在KANONJIの名で倉木のプロデューサーとなる長戸大幸と出会うことになる。長戸は倉木のデモテープを聴いて高校生になってからのデビューを提案し、それまでは英語の勉強や色々な経験をつみ、デモテープを何本も作るべきだと助言する。

高校生になると長戸の紹介でGIZA studioのスタッフと出会い、ローリン・ヒルの「To Zion」のカバーを歌ったデモテープを送ったところ、デビューが決定する。[4]

[アーティスト名] 倉木麻衣
[タイトル] 夢が咲く春~~You and Music and Dream [限定]
[CD番号] VNCM-6004
[発売日] 2008-03-19
1 夢が咲く春
2 You and Music and Dream
3 You and Music and Dream (another ver)
4 夢が咲く春 (instrumental)
5 You and Music and Dream (instrumental)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110101011111101110

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